大津地方裁判所 昭和54年(ワ)188号 判決 1983年3月29日
原告
大田キクミ
ほか二名
被告
上久保文雄
ほか一名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一八八号事件
原告大田
求める裁判
1 被告らは原告に対し各自一〇〇〇万円とこれに対する昭和五三年一二月二八日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
請求の原因
一 訴外崔良雄(以下亡良雄という)はつぎの交通事故により死亡した。
1 発生日時 昭和五三年一二月二七日午前〇時四〇分ころ
2 発生場所 草津市大路三丁目一番地路上
3 加害車 被告会社所有の滋賀五五あ二〇〇九普通乗用自動車
4 事故態様
被告上久保は時速約六〇キロメートルをもつて右路上付近で加害車を南から北方に向つて運転して進行中、前方約七メートル先道路左端に亡良雄がうづくまつているのを発見し、停止しようとしたが間にあわず、同人に衝突したものであつて、同被告には前方不注意の過失がある。
5 死因
亡良雄は右交通事故により昭和五三年一二月二七日午前〇時四五分ころ頸椎骨折のため死亡した。
二 責任
本件交通事故につき、被告上久保は右のように前方の注意を怠つたものであるから民法七〇九条による不法行為の責任を、被告らはいずれも加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法三条による責任を負うべきである。
三 損害
1 亡良雄の逸失利益
亡良雄は本件事故当時日額七二八三円の労災給付を受けており、昭和五六年三月現在給付基礎日額七二八三円算定基礎日額一二三一円スライド率一三五、年間八〇パーセント日数給付としてじん肺傷病年金三三五万六二四八円の給付を受けていることになる。
(7.283+1.231)×135/100×292(365×0.8)=3,356,248
亡良雄は事故当時四三歳で右年金を生存中給付を受けることができ、生命表によると平均余命が三二・三八年、ホフマン係数は一八・九四九、生活費として三割を控除すると、亡良雄の逸失利益は四三四四万九三一五円となる。
3,356,248×18.949=6,207,450
62,070,450×0.7=43,449,315
2 慰藉料
原告大田は亡良雄の内縁の妻であり、本件事故によつて夫たる亡良雄を失つたもので、その精神的苦痛は大きく、一五〇〇万円に値する。
3 原告大田は内縁の妻として亡良雄に対する扶養請求権を亡良雄の死亡によつて侵害されたものであるから、その損害額は右1の逸失利益分が相当である。
4 葬儀料など
原告大田は亡良雄の葬儀料として七〇万円、雑費として三〇万円を支出し、同額の損害を蒙むつている。
以上の損害合計が五九四四万九三一五円となるところ、亡良雄にも本件事故につき後記のように三割の過失があるので相殺すると四一六一万四五二〇円となる。
(43,449,315+15,000,000+700,000+300,000)×0.7=41,614,520
5 弁護士費用
原告大田は本件訴訟を弁護士に委任したので、この費用は四〇〇万円である。
以上によれば、損害合計は四五六一万四五二〇円である。
四 よつて、原告は被告らに対し右損害のうち一〇〇〇万円とこれに対する交通事故の翌日たる昭和五三年一二月二八日以降支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告ら主張に対する答弁
被告上久保は夜間ライトを下向けにしたまま制限速度を二五キロメートルも超過していたもので、ライトを上向きにすればもつと早く亡良雄を発見することができたし、また、制限速度で走行していると亡良雄の手前で停止し、あるいは左側によけることも可能であつた。したがつて、被告上久保の過失は大で亡良雄の過失は三割である。
被告上久保、同会社
求める裁判
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
答弁
一 原告主張の請求原因一1ないし3、5の各事実は認める。同一4のうち被告上久保が前方約七メートル先に亡良雄を発見したこと、亡良雄が道路左端にうづくまつていたことは争うが、その余の事実は認める。
二 同二につき被告上久保の過失は争うが、被告会社が加害車を自己のために運行の用に供していたことは認める。
三 同三の事実は争う。
主張
一 亡良雄は飲酒酩酊して国道一号線に通ずる草津市内の幹線道路である本件道路の中央部分に坐り込んでうずくまつていたもので、深夜の午前一時前、しかもうす暗い場所である。そのため、被告上久保は約二一メートル手前で路上の異物に気付いたが、それが人間であるとは分らず、ゴミ袋が落ちているものと思つた。しかし、相当近づいた時に亡良雄が動き、はじめて人間であることが判明し、急制動をしたが、間に合わず、衝突したものである。したがつて、被害者たる亡良雄に重大な過失があり、亡良雄に七割の過失がある。
二 被告会社は本件事故につき原告大田に対し見舞金その他として一三六万四九八〇円を支払い、また、原告大田は自賠責保険から七二二万三六八〇円の支払いを受け、すでに合計八五八万八六六〇円の賠償金を受けている。
第二二七号事件
原告崔他南、同崔静子
求める裁判
1 被告会社は原告らに対しそれぞれ一〇〇〇万円とこれに対する訴状送達の日の翌日以降支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告会社の負担とする。
3 仮執行宣言
請求の原因
一 第一八八号事件原告大田の請求原因一と同じ
二 同二のうち被告会社に対する責任と同じ
三1 同三のうち1と同じ
2 亡良雄は本件事故によつて死亡したものであるからその精神的苦痛に対する慰藉料として六〇〇万円が相当である。
3 原告他南、同静子は亡良雄の姉妹であり、亡良雄は国籍が朝鮮、慶尚北道出身とされているので、韓国民法一〇〇〇条一〇〇九条により直系卑属、尊属および妻がいない場合にあたり、原告らが右1および2を各二分の一あて相続したものである。
四 よつて、原告らは右損害の一部として被告会社に対しそれぞれ一〇〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日以降支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
被告会社の主張に対する答弁
第一八八号事件の被告ら主張に対する答弁と同じ
被告会社
求める裁判
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
答弁
一 原告ら主張の請求原因一については第一八八号事件答弁一と同じ
二 同二の事実を認める。
三 同三の事実は争う。
主張
一 一八八号事件の主張一と同じ
二 原告他南および同静子は自賠責保険から各五七三万三五〇〇円の支払いを受けている。
証拠関係は本件記録の証拠欄の記載と同じであるからこれを引用する。
理由
第一八八号事件、第二二七号事件
一 原告主張の請求原因一の1ないし3、5の各事実、被告上久保が時速約六〇キロメートルをもつて本件事故発生場所付近路上で加害車を南から北方に向つて運転して進行中、亡良雄がうづくまつているのを発見し、停止しようとしたが、間に合わず、同人に衝突したものであることは当事者間に争いがない。
二 被告会社が加害車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
第一八八号事件
被告上久保本人尋問の結果によれば、被告上久保は本件事故当時被告会社にタクシー運転手として勤め、当日も客を送つたのち草津駅に帰る途中本件事故を惹起したものであることが認められ、被告上久保が加害車に対する運行自体の支配力を有しないことが明らかであり、同被告が自賠法三条の責任を負うことはないものというべきである。
第一八八号事件、第二二七号事件
三 本件事故における被告上久保の過失ならびに事故態様につき判断をする。
成立に争いのない乙五、一〇、一一、一八号証および被告上久保本人尋問の結果によれば、
1 本件事故現場は国道一号線の手前約五〇メートルの地点で、幅員四・二メートルの栗東町町道路上である。被告上久保は、国鉄草津駅方向に向い、道路中央を制限速度四〇キロメートルであるのに拘らず、時速約六五キロメートルをもつて進行し、黒い物体が前方二一・二メートルの地点の道路中央にあるのに気づいたが、動かず、物体が小さかつたので乗り越えられるものと即断し、アクセルをゆるめただけで三、四メートル進行したところで、頭部分が動いたのではじめて人間であることが判明し、急いでハンドルをやや左に切り急制動をしたが、およばず、亡良雄に衝突した。
2 亡良雄は、足を投げ出すのと立膝の中間のような体位で膝に頭をつけてしやがんでいたが、加害車が接近しても頭を真直ぐ持ち上げ、衝突寸前にライトの光で加害車方向を見ただけで加害車を避けようともしなかつた。現場付近はライトをつけなければ路上の物体を発見できないような暗さであつた。被告上久保は事故前に対向車があつたので、ヘツドライトを下げたため、稍視界が狭くなる状態であつたが、左にフエンス、右に溝があつたのでハンドルを殊に左にきることもできなかつた。
3 加害車のスリツプ痕が路上に一七・二メートル残され、また、亡良雄は衝突のためしやがんでいた位置から西方一三メートルまで移動していた。加害車は右前部フエンダーが破損し、また、バンバー右角度にも強度な払拭痕が残つていた。亡良雄は当時飲酒しており血液一ミリリツトル中二・六ミリグラムのアルコール含有が認められた。
ことが認定でき、この認定に反する証拠はない。
右事実によれば、被告上久保は制限速度を約二五キロメートル超過する速さで、加害車を運転し、ライトを下向けていたため亡良雄の発見がおくれ、これを避けることができず、衝突したもので被告上久保に過失があるものというべきで、同被告が民法七〇九条の不法行為による責任を負うべきことは明らかである。
一方、亡良雄は事故当時飲酒し、血液一ミリリツトル中二・六ミリグラムのアルコール含有が認められ、成立に争いのない甲二一号証によれば、この状態は個人差があるとしても、通常単独では歩けず、後日記憶もないものであることが明らかであり、この状態で夜間にライトがなければ路上が見えない道路中央部付近にしやがみ込み、加害車が進行してきてもこれを避けることができなかつたもので同人の過失も大なるものといわなければならず、過失割合は亡良雄が六、被告上久保が四とするのが相当である。
三 損害
1 亡良雄の逸失利益
成立に争いのない甲(一)二、一二号証および証人高木一郎の証言、原告大田の本人尋問の結果によれば、亡良雄は昭和一〇年一〇月一三日生れで死亡当時じん肺のため労災給付日額七二八三円の給付を受けており職業はなかつたことが認められる。右日額に原告らの主張する年間八〇パーセント日数給付として年額給付金を計算すると、二一二万六六三六円となる。
7,283×365×0.8=2,126,636
亡良雄は事故当時四三歳で、一般の就労可能年数六七歳(二四年間)まで就労可能であると考えられ、事故当時無職であつつたので、同人の逸失利益の算定にあたつては右給付金を標準とすべきである。そうすると、二四年に対するライプニツツ係数は一三・七九八六で、亡良雄の生活費五〇パーセントを控除すると、同人の逸失利益は計算上一四六七万二二九九円となる。
2,126,636×13.7986×0.5=14,672,299円以下順次切りすて
しかし、前認定の亡良雄の過失割合を斟酌すると、その額は五八六万八九一九円となる。
14,672,299×0.4=5,868,919円以下切りすて
第一八八号事件
2 原告大田の慰藉料
証人高木一郎の証言および原告大田本人尋問の結果ならびに右証拠により真正に成立したものと認められる甲(一)四号証の一、甲五ないし一一号証によれば、原告大田は大田藤栄と婚姻し、男子二名、女子一名(下の子供は二八歳)をもうけていたが、藤栄と同じく隧道工事をしていた亡良雄とは昭和四八年ころ顔見知りとなり、亡良雄は大田宅にも遊びにくるようになつていたところ、昭和五一年九月原告大田の夫藤栄が死亡し、原告大田はそのころじん肺のため美作落合病院に入院していた亡良雄を月二、三回見舞い、亡良雄が昭和五三年五月に退院したのち、栗東町の北村アパートを借り受け同所で亡良雄と同居し、同人の労災給付金をもつて生活をしていたが、原告大田の住民登録は大洲市にあることが認められる。
右事実によれば、原告大田と亡良雄は一応内縁関係にあつたものとみられるが、その期間は亡良雄の死亡に至るまで約七月と短く、原告大田の実子三名も成年で独立しているものとみられ、将来子供たちからの援助も期待できないわけではないし、それに加えて本件事故の態様をも考慮すると原告大田の慰藉料は二〇〇万円をもつて相当である。
第二二七号事件
3 原告大田は内縁の妻として亡良雄の交通事故による死亡のため亡良雄に対する扶養請求権を失うに至つたものである。しかしながら、さきに認定したように、原告大田と亡良雄の内縁期間も短く、同原告の子供たちによつて扶養されるべきことも期待できるので、その損害として右1の亡良雄の逸失利益全部とすることも相当でなく、一〇年分とするのが相当であるところ、その計算上の額は一六四二万一二四五円となる。
2,126,636×7.7217=16,421,245
10年のライプニツツ係数 円以下切りすて
これに前記過失割合を考慮すると、六五六万八四九八円となる。
16,421,245×0.4=6,568,498
よつて、その半額三二八万四二四九円をもつて扶養請求権に対する損害とすべきである。
6,568,498×0.5=3,284,249
4 葬儀料、雑費
証人高木および原告大田の本人尋問の結果によれば、亡良雄の葬儀費用は被告会社および高木らが立替えたが、後日原告大田が高木の立替分を支払つたというのであるけれども、さきに認定した諸事情にかんがみると、原告大田が損害として被告らに対して請求をすべき葬儀料は二〇万円、雑費は一〇万円の計三〇万円をもつて相当とする。
以上の損害の合計は三五八万四二四九円である。
五 第一八八号事件の被告ら主張の八五八万八六六〇円を原告大田においてすでに受領していることは原告大田において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そうすると、前項の三五八万四二四九円を超えて原告大田が本件交通事故による損害金を受領しているのであるから、原告大田の第一八八号事件本訴請求は失当として棄却を免れない。
第二二七号事件
六 亡良雄の慰藉料
本件記録にあらわれたすべての事情を考慮すると、亡良雄の慰藉料は三〇〇万円をもつて相当と考える。
七 成立に争いのない甲(一)二号証、乙一四号証および原告大田の尋問結果によれば、亡良雄は国籍は朝鮮慶尚北道慶山郡竜城面梅南洞一四九とされているが、昭和二二年に群馬県の小学校を卒業し、爾来、朝鮮に帰国した形跡がないこと、原告他南は亡良雄の姉、原告静子はその妹であることが認められる。亡良雄は原告他南および静子の姉妹とも深くつきあいがあるものとも認められず、現在の南北朝鮮のいずれと深いかかわりあいがあるか不明である。したがつて、亡良雄の国籍に記載されている慶尚北道を支配する大韓民国民法によるべきものとし、亡良雄の死亡当時、法律上直系尊属卑属および妻がいないことが明らかであるので、同法一〇〇〇条一〇〇三条により亡良雄の姉妹である原告他南および同静子が亡良雄を各二分の一あて相続するものと認めるのが相当である。
八 さきの三1において認定したように亡良雄の逸失利益は五八六万八九一九円であるので、これと右慰藉料三〇〇万円の合計八八六万八九一九円の半額あてを原告他南および静子において相続したところ、被告会社が主張するように原告らが自賠責保険から各五七三万三五〇〇円の支払いを受けたことを原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
そうすると、原告他南および静子は各損害額四四三万四四五九円(円以下切りすて)を超える右額を受領しているのであるから、第二二七号事件原告らの請求もまた失当として棄却を免れない。
九 以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小北陽三)